次回の例会は1月30日(火)

怒り過ぎてしまったり、どうしていいか分からなかったり、子育ては難しいですね

悩み多き子育て


アドラー心理学と育児

アドラー心理学の創設者であるアルフレッド・アドラーは第一次世界大戦に軍医として従軍し戦争を目の当たりにした経験から争いや暴力のない、人々が問題を話し合いで解決し、支えあって暮らす社会を創りたいと強く願うようになりました。

そして「育児」や「教育」について、とても熱心に研究したのです。 ウィーンで世界最初の児童相談所を作ったのもアドラーです。

アドラー心理学にもとづく育児は、深い思想と治療技法の体系に裏打ちされた科学的でとてもパワフルな育児法です。



アドラー育児の実践録 ☆その①☆ 滋賀県K.Hさん

夫と10歳の小学校4年生の娘。保育園に通う5歳の息子と暮らしています。
娘が6歳の時にアドラーに出会いました。

その時の娘の姿は、日中あったことを聞いても話さない。
何か聞いても
「うっさい!」などの暴言。
友達のキーホルダーを盗んでくる。
テストは白紙で出したり、テストの答案用紙を学校のごみ箱に捨てて帰ってくる。といった姿です。

そんな娘に私はどう対応していたかというと、
「うっさい!」などの言葉遣いをした日には、
「誰に向かって口きいてんの!?外でもそんな話し方してるんちゃうやんな!?」
と意味の分からない罵倒と尋問がはじまり、
テストを白紙で出した時には、
「こんなことしてたらどうなるかわかってんの?」
「勉強しーひんて事は大人になって好きな仕事につけないってことやで!?」
「だいたい白紙ってなによ。人間的にどうなん?」
と人格そのものを全否定。
などなど・・・数知れず本当にひどい言葉を浴びせ、やることなすこと、全否定し、叩きのめして育児してきました。
伝えたい事があるのに伝わらないし、親子関係最悪ですし・・というか、もはや私は彼女にどう接して、どう親として伝えていけばいいのか途方に暮れていました。

そんな時、アドラーに出会いました。

私のアドラーの始まりは、キーホルダーをとってきた娘のことを、パセージ・リーダーの山口育子さんに相談させてもらったことです。
育児のプロだと思われるいっこさんに相談するということは、当時の私にはすごくすごく勇気のいることでした。
でもいっこさんは、
「キーホルダーとってしまったことも、お母さんが怒鳴って怒ってしまったことも失敗よ。大丈夫。」
そう言ってくださったんです。
キーホルダーを盗んでくるような子に育ててしまってこの世の終わりぐらいに思っていた私の気持ちが、ふっと軽くなったのを覚えています。
責めもせず、私のした行為に○×を付けることなく話してくださったことが、とても嬉しく、今まで私が勇気をもってアドラーを学んでこれたのもこの瞬間があったからだと思っています。

それからはパセージを習い、習う毎に新しい発見でした。

でも実はしんどかった。

いいとこ探しできない自分に×つけて、
仲間になれない自分に×つけて、
不適切な行動に注目しまくってしまう自分にまた×つけて・・・
お口チャックなんて3回に1回しかできひん自分に嫌気がさして・・・
しかも、私の注目関心を引くための様々な不適切な行動だったなんて・・・
全部私が悪いんやん。
私がこんな母親やからや・・・
と、自分の心の自傷行為がひどかった。
落ち込みました。

でもいろんな仲間に出会えて、たくさんの本を読んでみたり、講演会に足を運んだり、でもやっぱり仲間と話すたびに勇気づけられて、私の子供のいい所をたくさん見つけてくれて、私のいい所も見つけてくれました。
HちゃんはHちゃんで大丈夫!そんな言葉をかけてもらったこともあります。
そういう経験が増えるたびに、あぁ、私は私で大丈夫なんやって、×も○もない、今の私は今まで生きてきた精一杯の私やん。
否定することも×つけることもないやんって、原因探しも落ち込むのもやめようってあるときふと思えるようになりました。
そこから肩の荷を下ろしながらアドラー育児を少しずつしてこれたように思います。

アドラーを習ってまず難しかったのが不適切な行動に注目しないです。お口チャックです。
私の愛用の眼鏡は“マイナス探し用”になってるから、キャッチがそこばっかりになるんです。
「またあんなことしてる!」
「あれやれてないやん!」などなど・・・でもお口チャックします。
イライラがつのる。
爆発する。
という悪循環が起こっていました。

どうしたらいいかいろいろ考えてネタ帳を作ることにしたんです。
私の価値観に触れるセンサーが発動した時には、ノートとペンを持ち、書きます。
はじめは愚痴ばかりでした。
失敗したことも書きます。
でも読み返すたびにいろんな気づきがありました。
自分の対応を見直せたり、冷静に子供のいい所が見えたり、次同じようなことが起こった時にはこうしてみようと考えられました。
これは完全に私の期待がありすぎたな。と気づくこともできました。

一番は自分の感情に丁寧に向き合えました。
“ここでは願いがあったんよな。よしよし。”ってたくさん自分の感情に向き合ってこれました。
そこからじゃあどうしたらよかったんかなぁって考えられるようにもなりました。私の成長ノートです。

そんな生活の中で彼女はというと、とてもたくましくて、忘れ物し続けても
「置き鉛筆があるから大丈夫」とか、
「友達に貸してもらえるからいいねん。」と話してくれたり。給食のお箸は
「小学校で洗ってる」と持って帰ってこなかったり。
「今日は気分的にしんどかったし保健室で休んでてん」と言ったり。
でも話の内容ではなく、私の中の大きな変化は彼女がいろいろなことを話してくれるようになった事だと思っています。

評価とか否定とか説教とかやめて彼女の話を聞くことに私は力を注ぎました。
子供の話を聴くということが本当に難しい。
口をはさみたい。
“それはおかしい!”なんて自分の価値観押し付けたい。
叩きのめすことしかしてこなかったから、黙って
「へーそうなんやね」
「あぁ、そんなことがあったんやー」なんて聴くのが、これが一番しんどかった。
でも彼女がどう考えているのか、話すたび彼女の考えに触れられ発見できた。
話が聞けるようになって本当によかった。

そうしているとある日
「ママちょっといい?」と話してくるので聴いていると、
「今日休み時間に、クラスの女子が数人できて、
〝多数決で、練り消し盗んだんももちゃんってことになったから明日新しい練り消しもってきてや“って言われたんやけど、持ってった方がいいんかな」と相談してきてくれました。
私の心はざわざわそわそわ。でも彼女の話を聞きます。
「取ってないのになんでそんなん言われなあかんのって思ってんけどな。でも集団で来られたから怖くて何も言えなかった。」と。

子供との距離が少しでも近くで本当によかったと思いました。
私はこの子が本当に困った時に手助けができる母になれたんだと涙が出そうになったことを今でも覚えています。

今は、彼女の話の最後に私の思い通りの答えや結論が出なくても。そんなことはもうどうでもよくて、
「そう思ってるんやねー。」
「なるほどね」で終われます。

彼女が彼女の考えで体験して、そこからまた何かを学んでくることの方が、私が意見や口出すことよりもはるかに良い結末があることを知ったので、わたしは、もうどれだけしんどくてもアドラーを学び続け、お稽古し続けていきたいと思いました。

4年生に上がるときには、
「私今日から忘れ物しーひんことにしてん」と話す彼女。
「そうなんやー!どうしてそう思ったん?」と聴くと
「かっこ悪いやん忘れ物するとか」って言うんです。
面白かったです。
それまで3年間散々学校の先生とのやり取りがありました。
たくさん話し合いしたりもしました。
3年間忘れ物しまくっていた彼女がそう自分で思い行動でき今半年たちましたが忘れ物なく学校へ行っている。
本当に子供の力はすごい。
いろんな体験から子供はしっかり学んで成長していると実感しました。
あの時私の中にあった
“一生このまま忘れ物とか宿題しなくても平気な子になるんじゃないか。
社会に出た時にやっていけないんじゃないか。
学校でこの子の評価にたくさん×がついて、生きにくくなるんじゃないか。”
なんていう私の不安が頭をよぎることはなくなりました。

アドラーを学ぶまでは子供の上の上の上のほうにいた私が、今は少し降りてきて子供と楽しく会話できるようになったこと。
手助けができる距離に降りてこれたこと。
これが私にとってのアドラーを学んでマシになったことだと思っています。

毎日訓練のように愛用の眼鏡をプラスの注目用に変えて、遊ぶ時は思いっきり一緒に遊んだり二人でお出かけしたり、ランチいったり、たくさんたくさん娘との時間を大切に過ごしました。
そんな日々を過ごす中で、本当に私のもとへ産まれてきてくれてよかった。
一緒にここまで大きくなれたことが本当に幸せなことだなと、感じています。
10歳まで無事に大きく成長してくれたこと。
バカ笑いできる仲間でいれること。
おいしいもの食べたときに隣で
「おいしいねー?」って微笑みあえること、
「ママ!事件やー!また20点やったーやばいー!」とテスト見せながら爆笑しあえるところ。
こんなところに幸せを感じられるようになったことがうれしくて幸せで、ありがたすぎます。

私にはたくさんの仲間がいます。
友達がもともと少ない私ですが、アドラーを習ってから仲間が増えました。
自助グループに行けば仲間がいてくれます。あの温かい雰囲気が大好きです。
「Mちゃんパンツはいて学校行くようになったかー?」と笑いながら声をかけてくれる(夏に暑いからパンツをはいていかないと当時の彼女は言っていました。)
そんな仲間に出会え、不完全な自分をさらけ出せる場所があること、また不完全な自分をちょとずつ許せるようになったことがが本当にうれしくありがたく思っています。

すべては仲間のおかげと、変わろうと決心した昔の自分のおかげだと思っています。
私にはアドラーというお稽古ごとと、その仲間がいます。
こんなに心強く生きていけることはないと思っています。

(2017年10月14日 日本アドラー心理学会総会のシンポジウムで発表した内容です)


アドラー育児の実践録 ☆その②☆ おしるこ

夫と3人の子どもたちと暮らしています。一番上が小学3年の男の子。二番目が幼稚園児の女の子。一番下がもうすぐ2歳になる女の子です。

アドラー心理学と出会ったのは、長男が1歳の頃、図書館で読んだ野田俊作先生の『アドラー心理学トーキングセミナー』という本がきっかけです。

その後、野田先生の講演会に行き、そこで初めて育児プログラム『パセージ』の存在を知りました。

初めてパセージを受講したのは、長男が3才、長女が生まれたばかりの時でした。
その頃すでに、怒ってばかりの鬼ママ育児に悩んでいた私ですが、パセージ中は、魔法にかけられたように怒らなくなり感動しました。

でも、継続して学習しなかったせいで、1ヶ月後には、すっかりもとの鬼ママ育児に戻ってしまいました。

それから約2年間、他の心理学の本や育児書を読み漁り、座禅や瞑想にもチャレンジしてみましたが、結局、パセージを受講していた時ほど『怒らないでいられる方法』を見つけることが出来ませんでした。

そんな時偶然、インターネットで、野田先生がリーダーのパセージが、近く開催されるというのを見つけました。
そして、
『パセージを受講したが権威主義的育児をやめられない人』を募集していることを知り、
「あ、わたしのことだ」と思わず申し込みました。

2度目のパセージで、これは単なる子育ての技術ではなく、もっと深く、心のあり方までも変えていけるものかもしれないと感じました。
そして、もっと深く学びたいと思い、パセージ受講後も、野田先生の講座に参加したり、自助グループに参加したりして、気がつけばあっという間に4年が経ちました。



アドラー心理学を実践する前、長男が幼稚園の頃は、とにかく朝から晩まで、子どもの課題に口を出していました。

たとえば朝は、
「早く用意しようね」から始まり、
「顔洗って着替えてね」と、遊んでいる長男に話しかけ、
「長い針が6のところでお家をでようね」と話しかけ、
それでもまだ遊んでいる子どもに、
「今、何をしたらいいかわかる?コップをかばんに入れようね。ママもいろいろ用意があるから、自分の事は自分で頑張ってね」と言いつのり、それでも用意しないと、
「早くしないといけないのわかる?!」と、だんだん怒りだしてしまいます。
いつだったか長男が、
「ママの声の調子や、態度とかで、急いでんな~って分かるんだよ」と言ったので、
私は、
「分かってるなら早くし~や!!!分かってんのに、なんでいっつも怒られるまでやらへんねんよ!!!」
とブチ切れてしまったこともあります。


また、長男に対して暴力をふるってしまったこともありました。
ある日の夕食で、トマト鍋を作った時、美味しくなかったのか長男があまりにダラダラグダグダしているので、主人は長男を叱りつけた後、さっさと寝室に行って、自分だけ寝てしまいました。 私は、主人に対してイライラしながらも、長男のお茶碗のごはんがなくなっているのに気がつき、お茶碗をとりながら、
「ご飯欲しいの?」と聴きました。
すると長男は、
「違う!!」と言って、私の腕をたたいてきました。
私は、
「なんなんよ!!じゃあ自分で入れて!!」というと、
「違うお茶碗に入れて!!」と言ってきます。
(あぁ、トマト鍋の汁がついているのが嫌なんだな)と思い、違うお茶碗にご飯を入れて出しました。
それでも、長男は、まだ机に体をもたせかけたりして、グダグダしていました。
私は、
「そんなにしんどいんやったら、小児科の予約を(インターネットで)いれてくるわ」と脅しました。
すると長男は、
「違う!!違う!!」と言って手をバンバン振りまわして暴れ、さっきごはんを入れたばかりのお茶碗を床におとしました。
わたしはおもわず、バシッ!と頭を叩いてしまいました。そして、
(床に落ちたご飯を)
「とってきて食べ!!せっかく別の茶碗にいれたったのに何やねん!!」と怒りました。
長男は、
「うわぁ~~~ん!!!!」と泣きながらイスから落ちて、床に倒れたまま泣き続けました。
私は怒りがおさまらず、
「いつまででも泣いとけば!!人をムカつかす天才やな!!」と罵倒してほったらかしていました。

でも、夜になって、スヤスヤと寝ている子どもの顔をみると、
(この子をまた傷つけてしまったんだ)と正気に戻り、
「ごめんね」と謝らずにはいられませんでした。

そして、
(明日こそ、絶対に怒らないでいよう!!)
と決意するのですが、なぜか次の日になると、また怒ってしまうのでした。


このように、ずっと過干渉な育児をしてきた私は、2度目のパセージを受講した後も、すぐには過干渉育児をやめることができませんでした。
思考錯誤を繰り返しながら、1年半近く経って、ようやく「課題の分離」に挑戦し始めるという有様でした。
けれど私が、課題の分離をするようになってからの、子どもたちの成長は早く、当時小学1年生だった長男は1ヶ月ぐらいでほとんどのことを一人でできるようになり、幼稚園児だった長女はもっと早く、おそらく半月ぐらいで、自分のことは自分でできるようになってしまいました。
課題の分離を始めた最初の頃。
それまで、私がいろいろ手出し口出ししていたのをやめると、長男は案の定、集団登校の集合時刻に間に合わず遅刻するようになりました。
大抵、ダラダラと本を読んだり、妹にちょっかいを出したりして、集合時刻ギリギリになってしまい、慌てて用意を始めるのですが、ほとんど毎日のように私に、
「ママ!靴下がない!!」
とか、
「はし箱が壊れた~!直して~!!」
とか、
「もう間に合わない!!給食袋用意して~~!!」
とか、情けない頼みごとをしてきました。
そして、いつも10分近く遅刻して、慌てて家を飛び出していく始末です。

そして、この日も、集合時刻になっても、妹の本を覗きこみながらノロノロと着替えていました。

私が、
「いってらっしゃい」と言って部屋のドアを閉めると、
弾かれたようにドタバタバタと大急ぎで用意を始めました。

ズッタンバッタン、はし箱をガシャガシャガシャ!!

わたしは物音を聞きながら、そっとベランダから集合場所を覗きました。
すると、ちょうど皆が長男を待つのを諦め学校に向け出発するところでした。

皆が行ってしまってから2分後、バンッ!!と玄関のドアが開き、長男が飛び出してきました。
集合場所をしばらくウロウロ・・・誰もいなくなっているのを見てから、トボトボと歩き出しました。

まだあんなに小さいのに・・・。
全部自分でやって・・・。
遅刻して・・・。

ふいに私は、自分が涙をこぼしているのに気がつき慌てました。
急いで手で涙をぬぐって、
「大ちゃん!!大ちゃん!!いってらっしゃい!!」とベランダから手を振りながら叫びました。



また、その頃、こんなこともありました。

夜遅くなっても、宿題もせず遊んでばかりで、お風呂も入ろうとしない長男に、何か言いたくなるのを我慢して、私は長女と一緒にお風呂に入りました。

いつもなら、長男も一緒にお風呂に入ろうとして、あわてて私と妹についてくるのですが、この日は、
「ママがお風呂に行ってる間に、宿題しなくちゃ。今日はプリントが2枚もあるねん!」
と言って、お風呂に入って来ずに、ひとり宿題を始めました。

私と妹がお風呂からあがって着替えていると、長男は必死に明日の用意を始めました。

私たちが着替えを終えて寝室に行くとき、明日の用意を途中でほっぽり出して、一緒に寝室についてきましたが、終始ご機嫌で、満足そうでした。

そして、布団に入ってから寝るまで、
「僕は何でも一人で出来るもん~♪」と、歌っていました。

私は驚きました。ほんのひと月前は、
「早くなんて出来ないよ。ぼくは、どうせノロマだからね」と開き直っていた子が、私が、何も言わないで我慢して見守っていただけで、やるべきことを自分で判断し、実行できるなんて! そして、こんなにも自信にあふれたことを言うなんて!と。

アドラー育児をやってよかったと、とても勇気づけられました。
こうして、泣いたり笑ったりしながら、課題の分離を始めてひと月。
気がつくと、長男は、宿題もお風呂も、何も言わなくても全部、自分で出来るようになっていました。
あれほど毎日のようにあった、私への頼みごともいつの間にか無くなり、ちゃんと時間内に用意して、元気に
「行ってきま~す!!」と言って家を出ます。
現在、小学3年生になった長男は、宿題はもちろん、給食服のアイロンがけ、必要なノートの買い出しなどを含む学校の用意全て、何もかも自分でやっています。

また、幼稚園に通っている長女も、ナフキンのアイロンがけを含め、幼稚園の支度は全て自分でして、余った時間は、一緒に幼稚園に送りに行く私と下の子の支度を手伝ってくれています。

長女ではなく、私の方が支度に手間取って、時間に間に合わないことが多く、
「ママ~、今日は遅刻しないように早く行こうね~」と日々、娘に励まされています。

アドラー心理学を学んで、私自身の成長はまだまだですが、子どもたちは本当にたくましく育ってくれていると感じます。

さて、2度目のパセージから現在までのこの4年間、できないながらもアドラー育児を続けてこられたのは、同じアドラー心理学を学ぶ仲間がいてくれたからです。

とくに、自助グループ(川西アドラー勉強会)の仲間と、エピソードを共有し、ロールプレイをするのはとても楽しいです。
ロールプレイをして、子どもの身になってみて、
「あぁ、なんて酷いことを言ってしまっていたんだろう!」
と深く反省できる時もありますし、
パセージのテキストを皆で読み直して、独りでは気がつかなかった沢山のことを気づかせてもらったりしています。

数か月前の自助グループで、私は朝、幼稚園に子どもを送っていくときに、
「ママ!!待ってよ~!!」と言われても、なんだか焦ってイライラしていて、待ってあげることが出来ず、子どもを無視して、ずんずん歩いて、はるか彼方に行ってからようやく立ち止まって振り返ったというエピソードを話しました。

もう何年もアドラー心理学を勉強しているのに、未だにこんなことをしてしまって、なんてダメな母親なんだろうと悩んでいた私に、メンバーのみんなは、
「そんなん普通普通!!私も子どもを置いて、はるか前に行って、信号だって渡ったりしてるで!!」とか、
「そういうこと、あるあるやわ~!!」と、とても明るく慰めてくれて、
「あ~そうか!みんなそういう時もあるんだ。つまらないことでクヨクヨすんのやめよう!!」と、落ち込んでいた気持ちが一気に明るくなりました。

この時は、違う方のエピソードを分析することになり、私のこのエピソードから直接学ぶことは何もありませんでしたが、私は一緒に学ぶ仲間がいてくれることに感謝せずにはいられませんでした。

こうして、今、この瞬間もですが、共に学ぶ仲間がいるということは、ありがたいし幸せだなぁと思っています。

(2017年10月14日 日本アドラー心理学会総会のシンポジウムで発表した内容です)